父の不在、その他の短編

そのホストファミリーは出会った瞬間からある種の雰囲気を持っていた。
この文脈での雰囲気という言葉において、ポジティブな意味で用いられた例を私は知らない。
アデレード、オーストラリア、私は空港にいる。
目の前に、私と同じ16歳の女の子がいる。妹だ、ホストファミリー家族にとっては。
私と同じ16歳、紫色の髪の毛を持ち、漆黒の爪を持った。
鼻の穴に穴を穿ち、おそらくは哲学に対する挑戦であろう、その穴の穴には金属製の輪っかが当たり前のように存在していた。
姉は姉として顰め面を全面的に主張し、でも目はしっかりと私を捉えていた。
母は私を見ない。何か思いつめたような表情を床に対して示していた。
父の印象は、ない。
私は孤独だった。いや、孤独であると思おうとしていたのだろう。
妹の彼氏を紹介された。Tシャツの胸にはエヴァンゲリオンという日本語がプリントされていた。妹の過剰な容姿とバランスをとるかのような地味目なその男は25歳であるということで、もうそれだけでぐったりと私を疲れさせた。
姉は私を常に監視しており、部屋に一人でいるとき、扉を開け放していたのだが、気がつくと姉の姿がその扉に現れているのだった。そして言葉はない。
母は刺繍が趣味の、大人しいデンマーク人だったが、休日は家事をするなと子供のころから教えられていたのだろう、休日の私に食事が与えられることはなかった。自分で作れの声が私の耳から離れない。
私は除々に慣れていき、友人もできた。私の家族はクレイジーだと教えられた。
実際、そうだったので、そうだ、と答えた。
隣家には人の良い老夫婦が住んでおり、次第に私は話をするようになり、しばらくして、私は家族を替わることになった。
日本に帰った私を待っていたのは、父の単身赴任であり、それは今でも続いている。
父がいるということを、私はうまく受け止めきれない、この人物が、この部屋にいることがしっくりこないのだ。
だからといって、嫌いなわけでもなく、嫌なだけでもない。
ありがとうと思う。ありがとう。
アデレードの母で思い出すのは、彼女の目だ。彼女の目は、デンマーク人の隈を持っており、それを強調するかのような、アイラインを引く技術を持っていた。その目は、黒く縁取りされ、その底は知れなかった。私はその目に射竦められ、どこまでも無力なただの16歳の女だった。私の歴史にその目が存在したことは、そのときまでなかった。そして、そのときから私の歩みにはその目が一緒についてくることになった。
無ではない、何かがある、でもその何かが何なのか、私にはわからない。
父の不在は、私の一部をもぎ取り、そのもぎ取られた跡を残していった。
私はその不在を、もう、感じ取れない。
あなたの不在を、もう、感じ取れないように。
漆黒の爪が、私をどこか知らない場所へ連れて行く。
ここはどこか。