失敗することで、見えてくるもの

今日は、ある友人の試合を見ながら、そんなことばかり考えていました。
成功から学ぶことは何もない、あるのは失敗からだけだ、とは誰かの言葉なんですが、そうなのか、そうじゃないのか、はっきりとは判断できないなあと思ったり。
成功することで次につながることもあるし、そうじゃないときもある。
ただ、自分のことで考えてみるに、やっぱり失敗したときはなんで失敗したのか考えるし、そのことについて考え続けることで見えてくるものもあるのかなと、思ったり。
失敗しかしてないような気もするし。
考えすぎな長男なので、そうやってまた袋小路に自分を追い込んでいるだけなのかもしれませんが。
まあ、私の親友は定期的に自分の古傷に塩を塗ってくれるので、ありがたいです。
忘れようとしても忘れられないことがある。
忘れたふりをしていても、それはいつのまにか、体の一部になって、いつまでもいつまでも気になる部位のひとつとして存在し続けるのでしょう。
そのことを当たり前のこととして、受け入れるしかないし、それまでそのことについて考え続けるしかないのでしょう。
こうやって文章を書いているのも、考えすぎの虫がざわざわと動き回っているからなのだから。